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【連載:FTIの米国での活動紹介①】 「日本の研究基盤を世界に橋渡し」 FTIが米ボストンに拠点を設立した理由

連載01
株式会社ファストトラックイニシアティブ(以下、FTI)は、2022年4月、総額130億円で3号ファンドの組成を完了しました。また、初の海外投資として米国・バイオスタートアップ2社に対し、米国トップティアのライフサイエンスVCとの協調投資を完了しました。FTIが3号ファンドを通して目指す社会や、先んじて海外投資を行う理由とは…? FTIの代表パートナーである安西智宏とFTIの米国ボストンオフィスで活動する原田泰にインタビューを行い、複数記事にわたる連載形式でまとめていきます。

連載初回の今回は、3号ファンドの特徴や米ボストンに拠点を構えた理由について、安西に話を聞きました。

国内機関投資家や海外投資家がLPとして参画

ーー3号ファンドの特徴や支援内容は?

安西

1・2号ファンドと同じく、豊かな「いのち」と「くらし」の実現に特化した投資活動を行っていきます。特に設立初期・アーリーステージのバイオテック、ヘルステックのスタートアップを中心にハンズオンでの支援を行います。FTIのハンズオン支援とは、顧客企業への事業開発支援をはじめ、研究計画の立案、資金調達、経営者・マネジメント人材の採用など、投資先のニーズに応じた多様な支援を行っています。

FTIが特徴的なのは、特にバイオテック企業には「海外との橋渡し」を重点的にサポートする点です。海外の製薬・バイオテック企業との連携支援、海外投資家からの資金調達や現地法人設立に向けた支援など、手厚い支援メニューを用意していきたいと考えています。また、ヘルステック領域についても、産官学のKOL(Key Opinion Leader)との人的ネットワークを活かし、BtoB、BtoC、BtoGなど多様なビジネスモデルに対しても質の高い経営支援を行い、スタートアップの成長を加速させるための取り組みを行っています。

サイエンスのバックグラウンドのあるメンバーが集まっている

ーー手厚いハンズオン支援が可能になる理由は?

キャピタリストの業務は多岐にわたります。サイエンスやテクノロジーに対する深い理解だけではなく、アントレプレナーシップを尊重する姿勢、スタートアップのオペレーションに関する理解、俯瞰的な視座でのステークホルダーとの調整力、資本市場や投資家の特性を理解し、円滑な資金調達を支援する力など、包括的なスキルセットとマインドセットが求められます。手厚いハンズオン支援を実現するには、それらにプラスして人的ネットワークも重要な鍵を握ります。適任なキーパーソン・支援者をスタートアップに繋げることにより、その成長は大幅に加速されます。そういう意味では、キャピタリストというのは、ノウハウだけでなくノウフー(KnowWho)が非常に重要な職業である、といえます。海外のトップVCと議論していても、過去の実績で積み上げた、信頼に基づくネットワークの強さがVCとしての競争力の源泉になっていると感じます。

ハンズオン支援

FTIのメンバーはその点において、研究者の思いが理解できるサイエンスのバックグラウンド(PhD取得者が5名、修士が3名)があり、かつ、コンサルや製薬企業、海外VCなどで事業経験、投資経験を積んだメンバーが集まっています。それゆえにいろいろなセクターのステークホルダーとの橋渡しを円滑にサポートできることがFTIの特色であり、起業家やファンドLPに選んでいただける理由になっていると感じています。

責務は、世界で通用する日本の研究成果の事例を作ること

ーー海外進出のきっかけは?

私が東大の大学院生だった2000年頃、未だに忘れられない光景があります。日本最大の生物系学会であった日本分子生物学会に出席した際、会場の福岡ドーム(当時)には研究発表をするポスター展示の列が何十列も並んでいて、それは壮観でした。開催も数日間にわたり、毎日ポスターの入れ替えが発生していました。それくらい日本の基礎研究には厚みがあった、ということなのだと思います。ただ、私が博士課程を修了し、社会人になってからは会場もどんどん縮小されていったと聞いています。

その実体験からも、日本の研究基盤(研究資金や人的リソース)が先細っているという強い危機感を持っています。現在、日本発の幾つかの研究成果が世界の企業で事業化されていますが、それらは過去の優れた基礎研究の成果に基づいています。つまり、過去の“貯金”を使っているということです。特にアメリカや中国などの海外諸国は、基礎研究に対して国を挙げて資金を捻出していて、そのボリュームは相当なものです。それに対し、日本は世界の最先端から取り残されてしまう、という危機感を持ちました。少なくとも、世界で勝負ができる道筋をつけることが、今必要なアクションだと実感したのです。

例えば、野球のメジャーリーグ。1995年に野茂英雄選手が日本で初めて米メジャーリーグに挑戦したとき、彼は世界から全く注目されていませんでした。しかし、同年のオールスターに出場するなど、彼がメジャーで活躍したことにより、海外でも通用する実力者が日本にもいる、ということが知らしめられました。その後も伊良部選手が日米の制度改革に迫り、イチロー選手、松井選手らが目覚ましい活躍をしたことで、日本の現役選手たちは勇気づけられ、メジャーを目指す次の世代が増えました。大谷選手が高校生の頃からメジャーを見据え活動していたのも、先達の優れた前例があったためです。サイエンスの世界も同様に、グローバルでも通用する日本発の研究成果の事業化事例をつくることが私たちの責務であり、スタートアップのために海外への足がかりを作るのが急務であるとの思いから、2019年にFTIの投資子会社を米ボストンに設立しました。

そこには、みんなで共有し合い、高め合っていくエコシステムがあった

ーー拠点として、米国・ボストンに着目した理由は?

大きく分けて、2つあります。まず1つ目は、投資先企業から影響を受けました。株式会社モダリス(’20年8月東証マザーズ上場)やモジュラス株式会社は、設立のタイミングからすでにボストンを拠点に活動をしていたことです。ボストンは言うまでもなく、バイオのエコシステムの集積地で、スタートアップや起業家だけなく、製薬・バイオテック企業、実力のある投資家も高度に集積しています。これらの投資先企業は、日本企業であるにもかかわらず、ボストンで研究者を現地採用し、製薬企業に事業開発を行い、現地の投資家と日常的な意見交換しており、ボストンのエコシステムの中に自然に溶け込んでいるのを目の当たりにしたのです。

ボストン・ケンドールスクエアに密集するバイオスタートアップ
(引用元:Spectrum

アメリカは、経営者のネットワークやサイエンスの実力がフェアに評価される世界です。「日本発」であるかどうかは全く関係ありません。そういう意味で、投資先のスタートアップがボストンコミュニティの中で活動している姿を見て、自分達もこの地に根ざして、投資先企業への支援体制を充実させる必要性を強く感じました。

2つ目は、私自身が2018年にMITに短期留学した経験がきっかけです。大企業やスタートアップ、NPO、コンサルティングファーム、金融機関に所属する30名程度のトップ・ミドルマネジメント層が世界中から集い、ビジネススクールに2ヶ月間缶詰になりながらディスカッションを繰り広げる、アドバンスドマネジメントプログラム(AMP)というハードなプログラムに参加しました。その滞在期間で、ボストンのエコシステムの層の厚さを肌で感じました。

そこで出会ったのが「オープンイノベーション2.0」という概念です。それはヒト・モノ・カネ・情報を外から取り入れて社内で独占する(オープンイノベーション1.0)のではなく、渦のようにそれらの循環を加速させていくことでコミュニティ全体の価値を高め、それに属するプレイヤーも一緒に高め合っていくというコンセプトです。みんなが奪い合うのではなく、みんなで共有し合う、私がMITでの日々で感じたのはまさしくそういう空気感でした。シーズ(モノ)を持つ大学や企業だけが独占するのではない、資金(カネ)を運用するVCだけが独占するのでもない。価値観を共有できる人材を増やし、流動化させることにより、各プレイヤーが一緒になって発展する、そんなエコシステムこそ重要だと改めて感じさせられました。これが、日本のコミュニティに足りない視点であり、今後のサイエンスの発展にも不可欠だと痛感したのです。この経験から、私自身が得たネットワークを活かせることもあり、FTIの海外拠点としてボストンを選択しました。

誰一人として社会から隔絶されない、“インクルーシブな社会”の実現を目指す

ーーFTIが目指す社会とは?

FTIのミッションは「Capitai For Life」です。Lifeには「いのち」と「くらし」という意味が込められています。サイエンスと「いのち」を繋ぎ、治療を待つ患者の命に対し、いち早く科学技術の成果をお届けする。また、人々の人生に寄り添うヘルスケアサービスを提供することで、こころ豊かな「くらし」を実現することを目指しています。いずれも人間のWell-beingに密着している領域です。このFTIのミッションに共感したメンバーが集まっていることが、グローバルにスタートアップを力強く支援する原動力になっています。日本国内を中心としたイノベーションエコシステムのいちプレイヤーとして、グローバルに通用する優れた国内発スタートアップの実例を作っていきたいです。さらにそこから、コミュニティ全体が活性化し、次世代のスタートアップが次々と創出されるきっかけづくりに繋げていけるよう、サイクルを作りたいですね。

スタートアップの運営に携わっていると、患者さんや生活者の皆さまの切実なニーズをひしひしと感じます。「For Life」に貢献できるベンチャーキャピタルでありたいと思う瞬間であり、実際にそうあらなければという使命感を抱いています。日本のヘルスケア産業が公共性と営利性を両立しながら発展していくためには、受益者である生活者に「あってよかった」と思ってもらえるような新規ビジネス・サービスを作っていくことが不可欠です。FTIでの活動を介して、希少疾患や孤独・貧困を理由にして、誰一人として社会から隔絶されることのない、インクルーシブな社会の実現に貢献していきたいです。

>>次回は、「海外投資先のバイオスタートアップ2社」について詳しく掘り下げます。