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【投資先対談】介護者と介護士、双方に“本質的な価値”を提供 「保険外サービス」から介護の未来を創る|イチロウ株式会社
2025.09.24

(左から:FTI加藤尚吾、イチロウ水野友喜さん、FTI森智世)
「誰もが幸せな最期を迎えられる世界」の実現に向け、介護保険外サービスの領域で日本の介護の底上げを目指すイチロウ株式会社(以下、イチロウ)。
「Capital For Life スタートアップの力を、いのちへ、くらしへ」をミッションにハンズオン支援を続けてきた株式会社ファストトラックイニシアティブ(以下、FTI)は、2025年9月にイチロウへの初回投資を実行。FTIとしても初の介護領域への投資先として、医療・ヘルスケア分野への強みを活かしたサポートを行ってきました。
今回は、イチロウ創業者で代表取締役の水野友喜さんをお迎えし、ヘルステック領域を担当するベンチャーキャピタリスト・加藤尚吾、同じくベンチャーキャピタリストで現役医師の森智世との対談を通して、事業への思いや投資実行の経緯、イチロウ側から見たVCとの関わりについて話を聞きました。
加藤のインタビュー記事はこちら
介護保険外サービスの利用者が拡大している理由
FTI森:あえて保険外のサービスに特化したのは、何か理由がありますか?
イチロウ水野さん:これまでも多くの人に、もっと安い保険適用サービスがあるのに、なぜ保険外でやるのかと聞かれてきました。
事業の構想を練るうえでずっと保険外の価値を考えてきましたが、まずは保険内だと使える場面が限られてしまうという側面をカバーできるということが大きいです。
例えば、保険適用だと介護士が2時間までの作業しかできず業務が細切れになってしまう、早朝深夜には働けない、月ごとに立てるケアプラン通りの介護しかできないなどの制約があります。一方、保険外だと利用者が呼びたいときにすぐ呼べたり、月ごとよりも短いスパンでケアプランを策定できるため、その時々で必要な介護を実施することができます。同様に介護士側も自身のライフスタイルに合わせた働き方を実現できるため、利用者と介護士双方にとって利用しやすいというメリットがあります。
保険内と保険外は相対するものではなく、保険適用でカバーできないものを補う形で保険外サービスが存在するという位置付けで考えています。
FTI加藤:保険外というと高額なイメージがありますが、利用者の裾野は広がっていますか?
イチロウ水野さん:裕福な利用者が存在しているのは事実ですが全体の1割にも満たず、ほとんどは一般家庭の方々です。毎月3万円程度の価格で、保険適用の介護プラスαとしてイチロウを活用してくれています。
FTI森:毎月3万円というと子育て世代がベビーシッターを依頼するときと同程度の価格帯ですね。その子育て世代が親の介護をする世代になっていくことを考えると、手の届く価格設定だと感じますが、そういったことも意識されていますか?
イチロウ水野さん:かなり意識しています。保険外サービスをスポットで、誰でも使える仕組みを提供したかったという思いもあり、価格はできるだけ抑えたかったです。
イチロウのHPにも最初に掲げている「のれん」に込めている意味は、「誰でも受け入れる」ということです。お金持ちだけが利用するサービスではなく、広く誰にでも利用してもらいたいという思いが込められています。
FTI加藤:そういったことからも、社会的なインパクト、日本全体が持つ課題感にしっかりフォーカスしていることに強く感銘を受けています。
初期に描いていたのはまったく違うビジネスモデル
イチロウ水野さん:立ち上げ当初は現在とまったく違うビジネスモデルを描いていました。初期案としては、改正の多い介護保険を解釈し、それをオペレーションに落とし込むまでをサポートする、いわゆるHow Toサービスを構想し、それであるアクセラレータープログラムに合格しました。
ですが、そのプログラムの初日で、ボコボコにされたんですよね(笑)。介護をやってきたなら本当の課題に向き合ったほうがいい、本当の課題とは介護する“人”の問題であると助言をいただき、そこでハッとしたんです。

それまでは人を管理するような仕事ではなく、システムをつくるほうが着手しやすいと思っていました。そのほうが楽に、効率的にオペレーションの業務改善ができると考えていたんです。しかしその言葉で、保険外のところで、介護をする側と受ける側双方がwin-winになるビジネスモデルをやろうと決心しました。
アクセラレータープログラムが終了して実際にサービスを開始すると、また新たな気づきがありました。保険外の使い道は、例えば利用者が旅行で不在になるときなど、非日常としての使い方として需要があると思っていたのですが、実情としては「保険で足りないところを補う」という部分で活用したいという声が多かったんです。
そこで、まずは“マイナスをゼロに戻す”という「支える」サービスであることがイチロウのやるべきことだと自覚しました。
FTI森:そのニーズに気がつくことができたのは、水野さんが10年にわたり介護士として、またマネジメントする立場として従事してきた経験があるからこそだと思います。
イチロウ水野さん:本来はプラスαをつくるサービスであるべきだとは思っているのですが、まずは現状のマイナスをゼロにすること、介護を受ける人の生存が脅かされてはいけないという思いでやっています。プラスαはこれから作っていけたらいいですね。
FTI加藤:保険と保険外が明確に分かれている医療と違い、介護は保険外の良いところをうまく取り入れていく動きになっており、介護に関わるあらゆるペインを拾っていく形になっているということが、イチロウの取り組みを通して理解することができました。
話は変わりますが、もともと介護の世界を志したきっかけは何だったんですか?
イチロウ水野さん:とくに家族に介護が必要な人がいたとか、最初から介護士を目指していたとか、そういう経験はないんです。たまたま高校生のときに学校にOBが来て、医療ソーシャルワーカー*の働き方を聞いたんです。そのときに、とても尊い仕事であると感銘を受けたのが、最初のきっかけです。
その後、20歳から特別養護老人ホームで介護士として働き出し、社会福祉士の国家資格を取得して、マネジメント側の立場に移り、のちにイチロウを創業しました。
もともとは医療のほうに進もうと思っていたのですが、介護に携わるなかで介護保険制度の課題に対峙し、なんとかしなきゃという気持ちが強くなっていきました。保険適用のなかだけで課題解決を図ろうとするのではなく、本質的な観点での課題解決に取り組みつつ良質な介護を提供したいというのが、イチロウをやっている理由です。
*医療ソーシャルワーカー(MSW):医療機関で患者さんや家族が抱える経済的・心理的・社会的な問題の解決を支援する専門職。他の医療スタッフと連携しながら、社会福祉制度の活用支援、退院後の生活設計、地域との連携、心理的サポートなど、多岐にわたる業務を行う。
人手不足や低賃金問題解消だけではない、サービスとして目指す先
FTI加藤:介護現場の実情としては、かなり厳しい現実も目の当たりにされていると思います。そんななかで、イチロウが利用者にとってなくてはならないサービスであることを示唆する具体的なエピソードはありますか?
イチロウ水野さん:例えば保険だと、認定がおりるまで2ヶ月という時間がかかりますが、この2ヶ月は誰が支える? といった問題があります。家族も仕事を休んで、24時間介護しなければならず休めない、夜も眠れないといったことも起こり得てしまいます。
そこにイチロウが入り、まずはすべて巻き取り、少しずつ環境を整えていくことで、保険外がいらないところを取捨選択していくという流れをとっています。イチロウは、必ず手を差し伸べる安心感を与える存在としてありたいと思っています。
FTI森:介護疲れによりうつ病になってしまう人もいますよね。現在も苦労している方はたくさんいらっしゃると思います。そういう意味では、社会インフラとして今後ますます必要になっていくプラットフォームであると感じます。
イチロウ水野さん:なかには、精神的にもう限界を迎えている方、すぐに助けが必要な方からの急な依頼があったりもします。そのような方々にも広く利用していただきたいです。
また、介護者だけでなく、介護士に対する価値も提供するのがイチロウのサービスの特徴です。まずは保険内では叶わなかった、スキマの時間で働けるということ。加えて、平均時給2,300円と高い給与水準であることです。
さらに保険外だと、この介護士に来てほしいというリクエストも可能になります。ただ時給が高いという金銭的メリットだけではなく、介護を行って頂くというかけがえのない貢献をイチロウとして評価し、ひいては社会全体で認めてもらうことが重要だと考えています。「頑張ったら報われる」ということを体現できるサービスでもありたいです。
FTIのリード投資で初めて経験したこと
FTI加藤:FTIとしても介護領域には投資したいと思っていました。一方で、実際に介護領域へ投資するのはイチロウが初めてになります。介護の世界は、他の業界では一般的な“自分で価格をつけてモノ・コトを売る”ということができない、かなり特殊な業界です。日本のマクロ環境と財政によって介護保険制度の枠組みの中で値付けが決まり、今後ますますの人口減により、少なくとも1人あたりが享受できるサービスの総量は縮小せざるを得ない市場であるというのが一般的な見方だと思います。
そこに、イチロウは保険外という視点から、産業構造をも変え得るサービスを打ち出しているというのが、投資を決めた大きな理由の一つです。あとは個人的に、チームとして水野さんを始めとするメンバーが介護現場をご経験されてきているということが大きかったです。
我々投資家とのコミュニケーションが非常に上手いスタートアップも増えてきていますが、逆に言えばその役回りはFTIが補える部分でもあると考えています。あくまで事業のコアは介護を取り巻くステークホルダーのペインを拾い上げてオペレーションに落とし込むことであり、現場の細かい部分を理解している水野さんやイチロウのメンバーの存在を大きくリスペクトしています。
FTI森:医師としての立場から見ても、とても根深い問題に向き合っていると感じます。正面から医療・介護の課題を解決するサービスであると思います。
イチロウ水野さん:FTIとは1年半くらいコミュニケーションを重ねていますが、保険制度という大きな岩をどう動かしていくかが事業拡大の肝であり、ロビーイングなどを通してそうした知見をお持ちなんだろうと、面談を重ねるなかで感じました。業界やキーパーソンとのネットワーク・繋がりの広さを実感しています。
じつは、投資家(FTI)が他の投資家を連れてきてくれて、そのまま投資決裁を得たのは初めての経験でした。そういった出来事は少なくとも直接的には経験がありませんでしたが、FTIによって、「本当にこういうことって起こるんだ」と体感しました(笑)。シードの頃からファイナンスには苦戦しており、入金がないと倒産の危機に陥ったこともあったので、それは印象深かったです。
FTI森:FTIがリード投資するときは普段からご一緒している投資家とシンジケートを組み、一緒に投資をする場合も多いです。その貢献が今回は大きかったということで、うれしく思います。
FTI加藤:社会的なインパクトを創出するためには現在地から遥か先のまだ見えぬ目的地に辿り着くため船をこぎ続ける必要があります。我々は主要な投資家の一社であることは間違いありませんが、長く険しい旅路を共にする仲間もまた不可欠です。そういった視点では、直近で行ったシリーズBラウンドでは新規投資家として、著名な独立系VCであるMPower Partners様、One Capital様、そして保険会社系CVCであるAflac Ventures Japan様、明治安田生命様の運用するファンドにご参画頂きました。いずれも我々FTIでは欠けている視点やケイパビリティを補完頂ける方々であり、これ以上ないシンジケートが組成できたのではないかなと個人的には思っております。
介護は“世界の共通言語”
イチロウ水野さん:介護は国や人種にかかわらず、全人類の課題です。まずは日本国内の介護の水準を上げ、将来的にはそれがどう世界で通用するのかを証明していきたいです。“人が幸せに死んでいく”ことができる社会の実現、そのために何が必要なのかを見極めていきたいと考えています。
FTI森:文化や土地の壁はあれど、介護は世界の共通言語だと感じます。
FTI加藤:現在イチロウのサービスはマッチングプラットフォームという位置付けですが、遠くない将来では介護士という“人”に限らない、例えばロボットなどの介入も現実味を帯びるのかもしれません。
イチロウ水野さん:私も究極的にはそういった方向に進むのではないかと感じています。また、ライフスタイルのなかで介護に該当しないところにもどう事業展開していくかなど、今後検討の余地があると考えています。まずは現在取り組んでいる事業をもとに、これからも本質的な介護サービスを追求していきたいと思います。
●イチロウ株式会社
「介護の新しい循環(めぐり)をつくる」をミッションに、誰もがすみ慣れた家で大切な人たちに囲まれて過ごすことのできる空間で幸せな最期を迎えられる世界の実現に向け、IT・技術を中心とした新しい姿へのアップデートを目指している。介護保険外サービスに特化することで柔軟な顧客ニーズへの対応を可能とし、また、介護のシェアリングモデルを採用することで介護士が主体的に業務に従事できる仕組みを整えている。
https://corp.ichirou.co.jp
代表取締役 水野 友喜さん
専門学校で介護福祉士の資格を取得後、介護士として現場で働く。働いている中で知識の必要性や資格の重みを実感し日本福祉大学に入学、仕事と勉学を両立させ卒業と同時に社会福祉士の資格を取得。その後現場から管理職へシフトし、マネジメント業務など幅広く介護領域での実務を経験。2017年4月、株式会社LINK(現:イチロウ)を設立。
●株式会社ファストトラックイニシアティブ
「Capital For Life ベンチャーの力を、いのちへ、くらしへ」をミッションに掲げ、バイオテック・ヘルステック領域に特化したベンチャーキャピタル・ファンドの運営を行う。日本発の卓越した技術・事業シーズを持つベンチャーへのハンズオン支援に注力し、独創的アプローチによる世界規模での新規市場創出を目指している。
ベンチャーキャピタリスト 加藤尚吾
技術経営学と機械工学をバックグラウンドとしており、2018年4月よりファストトラックイニシアティブに参画。主にヘルステック・メドテック領域における投資・支援に強みがあるほか、大学発スタートアップや事業会社スピンアウト案件の立ち上げにも注力している。東京工業大学 環境・社会理工学院 イノベーション科学系 博士後期課程修了。博士(技術経営)。
ベンチャーキャピタリスト 森 智世
医師免許取得後、医療過疎地での研修・診療への従事や、大学病院での心不全、心臓移植、心筋梗塞の患者の治療などの臨床と並行して、医療機器スタートアップの治験をはじめ、国内外の事業展開に携わる。また、米国のMedTechアクセレレーターに複数参加し、チームを率いた経験を有する。2024年6月からキャピタリストとして参画。厚生労働省医療系ベンチャー・トータルサポート事業 非常勤サポーター。日本専門医機構認定内科専門医、日本医師会認定産業医。2024年米国ミシガン大学Ross School of Business修了。MBA。