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【投資先対談】細胞医薬品にブレイクスルーを 製造課題を解決し世界で戦う|株式会社セルファイバ
2024.06.06
東京大学で開発された細胞カプセル化技術「細胞ファイバ」を活用した細胞量産技術の開発に取り組む株式会社セルファイバ(以下、セルファイバ)。株式会社ファストトラックイニシアティブ(以下、FTI)は2023年11月の新規投資以降、密なコミュニケーションをとりながら医療・ヘルスケア分野への強みを活かしたハンズオン支援を行ってきました。
今回は、セルファイバ創業者で代表取締役社長の柳沢佑さん、取締役 最高戦略責任者の古石和親さんをお迎えし、事業運営のパートナーとして伴走してきたFTIアソシエイト・桐谷啓太との対談を実施。投資実行の経緯やセルファイバ側から見たVCとの関わりについて話を聞きました。
桐谷啓太のインタビュー記事はこちら
細胞治療の市場課題解決を期待
FTI桐谷:FTIは細胞治療(※1)という一大領域にかねてからフォーカスしていました。世界が注目するモダリティ(※2)であり、とくに近年では「CAR-T」(※3)が病気に苦しむ多くの患者の福音になってきましたよね。
ただ、グローバルマーケットの中で細胞治療を見てみると、必ずしも多くのVCが手放しで投資するという分野ではないという現状があります。その理由は様々ですが一つ挙げるとすると、製造面での課題が明確化してきているためです。大量生産に限界がありコストを抑えることが難しいことから、幅広く患者の手に行きわたらせるということができていません。こうした背景から、技術面に関しては他家細胞治療(※4)、もしくはin vivo CAR-T(※5)などに投資家の興味がシフトしてきています。
そんな「コスト削減には製造法の改革が必要である」という市場課題が業界にあるなかで、「細胞ファイバ」という独自の製造技術を持つセルファイバがグローバルでも通用し、“一抜け”できるポテンシャルを持っていると考え、投資検討をしました。
デューデリジェンスの中で、重視した観点は大きく3つあります。1つ目が、製品としてのグレード。人に投与できるくらいの安全性を担保できるかどうかです。2つ目は、ビジネスの観点から、それを製薬企業に売りに行けるかどうか。3つ目が、グローバルでの活躍を目指せるダイバーシティーのあるチームを作れるかどうか、という点です。
3つ目に関しては、柳沢さんはエンジニア出身であり技術への深い理解があるということ、さらに事業として展開した際にどのような能力を持った人材が必要かということを見極める力、人材を惹きつける力があると感じていました。
これらを総合して、FTIが投資基準として重要視していることでもあるのですが、日本からグローバルに戦える企業であると評価させていただきました。技術面に限らず、ビジネスの観点やグローバルトレンドを捉えているか、そういった多角的な視野で総合的に判断した上で、最終的にセルファイバに投資をさせていただきました。
FTIとのQ&Aを通して、セルファイバ内の共通認識を醸成
FTI桐谷:FTI側としてはこういった観点で検討させていただいた投資でしたが、セルファイバとしては、FTIから投資を受け入れた理由、FTIからの投資を受けても良いと考えた理由は何でしょうか?
セルファイバ柳沢さん:とても難しいラウンドでした。シードの可能性を買ってくれるというフェーズから一歩進んで、本当に事業として成り立つかどうかを投資家に見極められる段階に入っているラウンドであるという認識を持っていました。
それまでのラウンドと同様の温度感でいると、資金調達ができないと個人的には感じていました。そこで認識を改め始めたところで、ちょうど桐谷さんとの出会いがありました。
FTI桐谷:その前のラウンドでも接点はあったのですが、当時はまだ細胞治療分野への参入も決めかねていらっしゃるタイミングでしたね。私個人としては、セラピューティクス(治療)に取り組むという踏ん切りをつけていただかないと、正直、投資検討は難しいというところでした。
セルファイバ柳沢さん:こうして細胞治療の分野、かつ製造技術の社会実装への道のりを理解して奔走してくれるFTIは、本当に数少ないVCのひとつです。
なにより、社会実装に向けた中間ステップに何があるかについて議論できることが一番大きいです。それにはサイエンスへの深い理解をはじめ、マーケットへの知見、コミュニケーションのしやすさなど、さまざまな観点での知識や経験が必要ですが、それを備えて議論に加わっていただけるというのがとても心強いです。
また印象的だったのは、FTIのメンバーにはひとつの共通するPrinciple(原理)があると感じたことです。メンバーそれぞれにキャラクターがあるとは思うのですが、その背景には、みなさんが“ひとつのコア”を持っているように思います。それが先ほど桐谷さんが言っていたデューデリジェンスでの観点をはじめ、治療分野への強みを重視した投資活動というところに通じているのかもしれませんね。
FTI桐谷:FTIとしては、CDMO(※6)ビジネスという一大領域への投資がはじめてだったこともあり、より時間をかけて検討させていただきました。その投資検討の最中でもこの分野について学ばせていただき、デューデリジェンス対応で忙しいはずのなか、こちらに時間を割いていただきましたね。ここだけの話、ここまで投資家対応を丁寧に行ってくれるスタートアップはなかなか多くないので、そういった点でも信頼感を覚えました。
セルファイバ柳沢さん:こちらとしても、FTIからのQ&Aを通じて、「会社として、こういう方向性を目指していくべきだ」「セルファイバはこれを達成する会社だ」といった、社内の共通認識を作ることができたという側面もあります。ちょうど古石さんがジョインして数ヶ月の段階だったということもあり、質問への回答を準備するなかで、古石さんはじめ社内全体の理解促進にも役立てることができました。
抗体医薬品のように細胞医薬品にもブレイクスルーを
FTI桐谷:細胞治療業界は市場の移り変わりが早いという認識を持っています。他家やin vivoにトレンドがシフトする中で、今後この市場をどう見ていますか?
セルファイバ古石さん:再生医療をはじめ細胞治療の市場はこの5年ほど、ほとんど成長できていないという現状があります。それには、開発企業が抱えている製造や物流への課題が起因しています。
FTI桐谷:やはり製造効率や物流の効率化など、研究開発以外のバリューチェーン上にボトルネックがあると捉えられているということですよね。
セルファイバ古石さん:間葉系幹細胞(※7)を人力で培養していた時代からCAR-Tが出てきて一気に発展したこの業界ですが、大量培養や患者への届け方に限界が見えてきて、ここ数年の市場規模を見ても、まだ医薬品市場として確立されたものになりきれていません。そこが抗体医薬品と異なる点ですね。
技術が出てきて10年ほどで一気にエンジニアリングが発展し、いまや2万リットルレベルの培養が可能になっている抗体医薬品のように、細胞医薬品にもブレイクスルーが起きないと、市場規模の成長度が変わっていかないだろうと思っています。
そんななかで、セルファイバの技術「細胞ファイバ」が、業界にブレイクスルーを起こせるかもしれないと感じたことが、私が入社を決めた理由でもあります。セルファイバの技術が市場に出ていけば、市場規模を大きくすることができるのではないかと期待をしています。
FTI桐谷:どうすれば市場規模が拡大するのかを考えているのですが、製造技術が進歩することで治療マーケットが追いつくという順番なのでしょうか? それとも治療ニーズが成長することで、それに応えるように製造技術が進歩するのでしょうか?
セルファイバ古石さん:市場よりも開発ありきだと考えています。新しい疾患に対する治療法ではなく、既存の疾患に対する新しい治療法の開発が求められています。セルファイバの技術活用を見込んでいるのは既存疾患に対する治療法のため市場はすでにあり(=効果のある薬へのニーズがある)、技術もある状態である一方で、物が作れていない。大量生産に圧倒的なボトルネックがあるという現状です。
FTI桐谷:古石さんは抗体医薬品の製造にも以前関わっていらっしゃいましたが、この業界はどうスケールしたのでしょうか?
セルファイバ古石さん:抗体医薬品も市場創世期は、500mLのフラスコから3Lのフラスコに増やして…といった地道な培養をしていました。一方で、培養面ではなく抗体の製造面で課題を抱えていました。そこで、培養技術、遺伝子、遺伝子導入方法等の観点から安定した大量製造への研究が国内外で進められ、抗体の大量製造が可能になった背景があります。
細胞治療の業界で「インテル入ってる」を目指す
FTI桐谷:細胞治療の業界にブレイクスルーを起こすために海外展開も検討されていますが、日本の一企業としてどうグローバルプレイヤーになろうと考えられていますか?
セルファイバ柳沢さん:国内にはプレイヤーが少ないため、まず見るべきは米国だと考えています。古石さんがジョインする以前から検討してはいたのですが、リサーチレベルの未熟な結果を海外の顧客候補企業に提供したところで、「見てみよう」という対象にすら入ってこないということを身を持って体感した苦い経験があります。
そうして海外でプレイした経験のある人材を採用するなど準備を進め、機が熟したいま再び海外での事業展開を視野に入れています。
いざ海外展開に踏み切るためにクリアしなければならないような絶対的な基準があるというものでもないと思っています。人材、データの信頼性、顧客コミュニケーションの成立など、ビジネスができるかどうかを仮説検証する段階に来ていると感じています。
セルファイバ古石さん:現場の立場からリクエストするなら、パッションを持った人材が欲しいというのはあります(笑)スタートアップであるという性質上、準備万端ではない仮説段階でも売り込んでいかなければならないシーンがあるはずです。FTIも仮説段階で投資してくれたように率先して動けるような気概を持った人材が、これからも集まればいいと思います。
FTI桐谷:セルファイバの人事に関していうと、メンタリングや評価制度がきちんと整っているという印象がありますが、そのような課題感からきているのでしょうか?
セルファイバ柳沢さん:人事に関しては、プロフェッショナルが集まってスタートアップをやるという難しさは感じていますね。完成品を売ってきた経験者が、未完成なものを売り出そうとするときに感じる躊躇。その感覚のチューニングが重要だと思っています。古石さんが言っているパッションも、そういったことなのかなと。
セルファイバ古石さん:外資系の新製品はたいていそう(未完成のまま売る)で、売りながらフィールドテストをするのが普通なんですね。セルファイバもその段階に来ていると思っています。
まず第一段階としては、人に投与できるまでに技術を上げて、製品にセルファイバの技術が「使われていた」という実例を作ることが必要です。第二段階としては、全ての細胞治療製品の製造のどこかでセルファイバの技術が使われているという状態を作りたいです。まさに「インテル入ってる」の状態ですね。
日本発シーズとして海外で戦う
FTI桐谷:国内でのスケールや海外展開など、多方向での成長を目指すうえでFTIに求めることはありますか?
セルファイバ柳沢さん:一番は、製薬業界へのネットワークから、コンスタントに顧客を紹介してほしいです(笑)紹介していただいた方々のなかから、シリアスにお互いをバリューアップできる相手先を1〜2件見つけられるというのが理想ですね。
また、米国展開についてもサポートいただけたらうれしいです。製造拠点の場所や現地採用についての知恵を共有していただければと思います。
FTI桐谷:製薬企業とのコネクションは一定以上の紹介ができると思います。また、FTIの強みは米国(ボストン)に拠点があることなので、そういうところも良い意味で投資家を使い倒していただきたいと考えています。
セルファイバ古石さん:細胞治療の市場は、まだデスバレー(死の谷)(※8)を抜け切れていません。製造・流通のボトルネックを解消し、これを超えられたときに収益があがるような事業体・市場形成になっていく、まだ”投資先行”の市場です。そういう意味で、長い目で見た継続投資をお願いしたいです(笑)
FTI桐谷:もちろん、これから長くお付き合いさせていただければ幸いです!
また、日本国内では助成金や補助金など投資環境整備が進んできて、徐々に足場が固められてきていますが、まだ海外マネーの取り込みには課題があります。海外VCが日本のスタートアップに投資するという状況を作っていく必要性の高さは、FTIとしても感じているところです。
FTIがボストンに拠点を設けた理由もそこにあります。まずは海外のスタートアップに海外のVCと共同投資をすることで関係を築くこと。そして共同投資した海外VCに、FTIから日本のスタートアップを紹介する。そういった一連の流れを作れるように、FTIも現在海外投資に力を入れています。
最終的に日本のシーズとして海外で戦えるセルファイバのような国内スタートアップを出していきたいです。私としてもその流れの一員として、今後もハンズオンでサポートさせていただきたいです。
セルファイバ柳沢さん:今後の事業展開を見据えると、社内でももっとFTIはじめ投資家と連携していこうという流れができています。ぜひさらなるサポートがお願いできたらと思います。
FTI桐谷:バイオ領域のスタートアップは、数ヶ月で劇的にビジネスが変化するという時間軸の業界ではありません。そういったことから、コミュニケーションが四半期に一度のあいさつだけになってしまうようなこともゼロではないと思います。そうではなく、密に継続したコミュニケーションを通して、一緒に進んでいけたらよいですね。
(※1)細胞治療:ヒトの細胞を投与・移植することで病気を治療する方法。輸血・造血幹細胞移植、免疫細胞治療・遺伝子治療・再生医療などがある。
(※2)モダリティ:低分子薬、抗体医薬、核酸医薬、細胞治療、遺伝子細胞治療、遺伝子治療といった治療手段の種別のこと。
(※3)CAR-T:キメラ抗原受容体T細胞(CAR-T)療法がん細胞などに発現する標的分子を認識するよう人為的に設計したキメラ抗原受容体(CAR)遺伝子を、ウイルスベクターなどで体外で(ex vivo)T細胞に導入。CAR遺伝子を導入したCAR-T細胞をがんなどの患者に投与する治療法。
(※4)他家:患者自身の細胞を使う自家に対し、他人の細胞を使う治療法。
(※5)in vivo CAR-T:近年では、細胞を培養・加工する必要がなく、より多くの患者に均質の治療を提供できるといった理由から、CAR遺伝子を体内(in vivo)でT細胞などに導入するための研究も進んでいる。
(※6)CDMO(Contract Development and Manufacturing Organization):医薬品開発製造受託機関 。再生医療等製品や医薬品の製造工程の開発から治験薬や商業生産までを受託する機関や事業。
(※7)間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cell: MSC):体内に存在する幹細胞(ステムセル)のひとつ。自己複製能と分化能を持ち腫瘍形成の危険性が少ないため、細胞・再生医療のための細胞源として活用される。
(※8)死の谷:生産ラインや流通経路などの確保のために研究段階よりも多くの資源・資金を要する、製品開発やサービス開始の準備期間。調達が行き詰まってしまうと、事業展開に大きなダメージがある。
●株式会社セルファイバ
東京大学で開発された細胞カプセル化技術「細胞ファイバ」をもとに、2015年に設立。同技術が細胞の大量製造に有効であることを実証。再生医療やがん免疫治療などを中心に注目されている「細胞医薬品」について、「細胞ファイバ」技術を活用した製造の合理化・大量製造により細胞医薬品のコスト削減を実現し、誰もが細胞治療に手の届く社会を目指している。
https://cellfiber.jp
代表取締役社長 柳沢佑さん
2018年2月にセルファイバ入社、同年5月に取締役就任、2019年6月より代表取締役就任。入社直後より、AMED・NEDO等の研究プロジェクトで研究代表者を務め、 セルファイバの事業を牽引している。東京大学 工学系研究科化学生命工学専攻修了。博士(工学)。
取締役 最高戦略責任者 古石和親さん
日立化成株式会社グローバルマーケット営業責任者、再生医療事業部副事業部長、Minaris Regenerative Medicine LCC最高経営責任者、昭和電工マテリアルズ株式会社再生医療事業部長を経て、2022年12月よりセルファイバのアドバイザーとなる。2023年7月より取締役に就任。熊本大学 薬学教育部 医療薬学専攻修了。博士(薬学)。
●株式会社ファストトラックイニシアティブ
「Capital For Life ベンチャーの力を、いのちへ、くらしへ」をミッションに掲げ、バイオテック・ヘルステック領域に特化したベンチャーキャピタル・ファンドの運営を行う。日本発の卓越した技術・事業シーズを持つベンチャーへのハンズオン支援に注力し、独創的アプローチによる世界規模での新規市場創出を目指している。
アソシエイト 桐谷啓太
外資系コンサルティングファームにて事業戦略策定、機関設計、組織設計、デューデリジェンス、PMI、Carve-out対応等を含むM&A支援業務に従事。2020年よりファストトラックイニシアティブに参画し、バイオテック分野における投資やアカデミアシーズを元にしたカンパニークリエーション活動に従事。東京大学薬学部 非常勤講師、京都大学大学院医学研究科医学領域産学連携推進機構 プロジェクト研究員等を歴任し、アカデミアの研究成果の社会実装に取り組む。早稲田大学大学院 先進理工学研究科 生命医科学専攻修了。修士(理学)。